iPS細胞はどう生まれる? 再生医療を支える幹細胞製造のキホン
再生医療の世界では、私たちの体を構成する「細胞」が主役となります。傷ついた組織や機能を失った臓器を修復するために、様々な種類の細胞が用いられます。その中でも、特に大きな期待が寄せられているのが「iPS細胞」です。
iPS細胞は、正式には「人工多能性幹細胞(Induced Pluripotent Stem Cell)」と呼ばれます。なんだか難しそうな名前ですが、これは体の様々な種類の細胞を作り出すことができる、いわば「万能細胞」のような能力を持つ細胞を、人工的に作り出したものという意味です。
私たちの体には、もともと特定の細胞にしかなれない細胞がたくさんあります。例えば、皮膚の細胞は皮膚にしかなれませんし、筋肉の細胞は筋肉にしかなれません。しかし、iPS細胞は、この「特定の細胞にしかなれない」という細胞の運命を大きく変え、神経にも、心臓にも、血液にも、骨にも…といったように、体のほとんどあらゆる細胞へと変化できる能力を持っています。この能力を「多能性(たのうせい)」と呼びます。
では、この驚くべき能力を持つiPS細胞は、一体どのようにして作られるのでしょうか?
iPS細胞作製の基本的な考え方:「リプログラミング」とは?
iPS細胞を作る基本的なアイデアは、すでに特定の役割を持つ細胞(例えば、私たちの皮膚や血液から採取できる細胞)の「時計の針を巻き戻し」、細胞がまだ若い状態、つまり体のどんな細胞にもなれる能力を持っていた状態に戻すことです。このプロセスを「リプログラミング」と呼びます。
例えるなら、すでに完成した建物(特定の細胞)を、一度更地に戻して、全く新しい別の建物(様々な種類の細胞)を建てられる状態にするようなものです。
細胞の運命を変える「山中ファクター」の発見
このリプログラミングを可能にしたのが、日本の山中伸弥教授たちの研究グループによる画期的な発見です。彼らは、特定の4つの遺伝子(Oct4、Sox2、Klf4、c-Mycという名前が付いています)を、体の細胞に導入することで、細胞が多能性を持つ状態に戻ることを発見しました。これらの遺伝子は、発見者の名前から「山中ファクター」と呼ばれています。
遺伝子というのは、細胞の働きをコントロールするための「設計図」や「スイッチ」のようなものです。山中ファクターを細胞に導入すると、細胞の中でこれらの遺伝子が働き始め、まるで細胞に「さあ、君はもう特定の細胞じゃなくていいんだ。何にでもなれる能力を取り戻しなさい」と指示を与えるかのように、細胞の性質が変化するのです。
具体的な作製の手順(概要)
iPS細胞を作る大まかな手順は、以下のようになります。
- 細胞の準備: まず、iPS細胞のもととなる細胞を採取します。よく使われるのは、皮膚の細胞や血液の細胞など、体から比較的簡単に採取できる細胞です。
- 遺伝子の導入: 採取した細胞に、山中ファクターを含む特定の遺伝子を導入します。遺伝子を細胞の中に運び込む方法としては、ウイルスを利用する方法や、ウイルスの代わりに小さなリング状のDNA(プラスミド)や合成されたRNAを使う方法など、いくつかの技術があります。それぞれの方法には利点と欠点があり、より安全で効率的な方法が研究されています。
- 培養と選別: 遺伝子が導入された細胞を、特別な栄養分が含まれた培地の中で培養します。細胞は分裂して増殖しますが、リプログラミングが成功した細胞(iPS細胞になった細胞)だけが、特定の条件で特徴的な形をして育つようになります。研究者は顕微鏡でこれらの細胞を見つけ出し、慎重に選び取ります。
- iPS細胞としての確認: 選ばれた細胞が本当にiPS細胞としての能力(多能性)を持っているかを確認します。これには、iPS細胞に特有の分子(マーカー)が細胞の表面や内部にあるかを調べたり、実際に様々な種類の細胞に変化する能力があるかを試したりする方法があります。
こうして、体の細胞から、様々な細胞になれるiPS細胞が作られるのです。
iPS細胞作製の課題と今後の展望
iPS細胞の作製技術は、再生医療に大きな可能性をもたらしましたが、まだいくつかの課題があります。
- 安全性: 遺伝子を導入する際に使う方法によっては、細胞のDNAに変化が起きたり、細胞が腫瘍(しゅよう)になるリスクが高まったりすることがあります。より安全にiPS細胞を作る技術の開発が進められています。
- 効率とコスト: 目的のiPS細胞を高効率で安定的に作る技術や、大量生産するためのコストを下げる努力が必要です。
- 品質管理: 治療に使うためには、作製されたiPS細胞一つ一つが、決められた高い品質基準を満たしていることを厳密に確認する必要があります。
これらの課題を克服するための研究が世界中で精力的に行われており、iPS細胞を用いた再生医療の実現に向けて着実に進んでいます。
まとめ
iPS細胞は、体の特定の細胞に、山中ファクターなどの特定の遺伝子を導入することで、体のあらゆる細胞になれる「多能性」を持たせた人工的な幹細胞です。この「リプログラミング」という技術によって、再生医療に必要な様々な細胞を、倫理的な課題や供給の制限を少なくして得られる可能性が開かれました。
iPS細胞作製の技術は日々進化しており、その安全性、効率、コストに関する課題も解決に向けて努力が続けられています。iPS細胞は、難病の治療や新しい薬の開発など、今後の医療を大きく変える可能性を秘めており、その動向から目が離せません。