わかる!再生医療入門

再生医療を支える「細胞凍結保存」の技術とその重要性

Tags: 再生医療, 細胞, 凍結保存, 細胞培養, 技術

はじめに:再生医療と細胞

再生医療は、病気やケガによって失われたり、機能が低下したりした組織や臓器を、細胞などの力を使って修復・再生することを目指す医療です。この再生医療では、多くの場合「細胞」が主役となります。患者さん自身の細胞を使ったり、他の人から提供された細胞を使ったり、人工的に作られた細胞を使ったりと、様々な種類の細胞が活用されています。

これらの細胞は、治療に使う前に準備が必要だったり、一度に大量に用意しておきたい場合があったりします。また、細胞は生きていますから、そのまま置いておくと時間と共に劣化したり、増えすぎたり、性質が変わってしまったりする可能性があります。

そこで重要になるのが、「細胞を良い状態のまま、必要な時まで保管しておく技術」です。この技術の一つに、「凍結保存(とうけつほぞん)」があります。再生医療の細胞は、なぜ凍結保存されるのでしょうか。そして、どのようにして細胞を生きたまま凍らせておくことができるのでしょうか。この記事では、再生医療を支える細胞凍結保存の技術とその重要性について、分かりやすく解説します。

なぜ細胞の凍結保存が必要なの?

再生医療で細胞の凍結保存が必要とされるのには、いくつかの理由があります。

まず、「治療が必要なタイミングですぐに使えるようにするため」です。細胞は、患者さんの状態に合わせて最適なタイミングで投与される必要があります。しかし、細胞を準備するには時間がかかることがあります。あらかじめ凍結保存しておけば、必要な時に解凍してすぐに使うことができます。

次に、「細胞の品質を一定に保ち、長期的に保管するため」です。細胞は生きた状態では、時間とともに変化します。また、一度にたくさんの細胞を扱う場合、作業効率を上げるためにも、品質が安定した状態でまとめて保管できることが望ましいです。凍結保存は、細胞の生物学的な活動をほぼ完全に停止させるため、品質を長期間にわたって維持することが可能になります。

さらに、「細胞の輸送や共有を可能にするため」という理由もあります。離れた場所にある施設で細胞を培養したり加工したりする場合、治療を行う施設へ輸送する必要があります。凍結保存されていれば、細胞を生きたまま安全に輸送することができます。また、細胞バンクのように、特定の種類の細胞を多くの研究者や医療機関に提供する場合にも、凍結保存は不可欠な技術です。

細胞を凍らせるって難しくない?

水を凍らせると氷になりますが、細胞を含む生体をそのまま凍らせると、細胞がダメージを受けて死んでしまうことがほとんどです。その主な原因は「氷晶(ひょうしょう)」の形成です。

細胞の中には水分がたくさん含まれています。ゆっくり凍らせたり、凍結方法が適切でなかったりすると、この水分が大きな氷の結晶、つまり氷晶となって細胞の内側や外側にできてしまいます。細胞の内側に氷晶ができると、細胞の構造が壊れてしまいます。また、細胞の外側に氷晶ができると、細胞内の水分が外に引き出されてしまい、細胞がひどく脱水してダメージを受けてしまいます。

したがって、細胞を生きたまま凍結保存するには、この氷晶の形成を抑え、細胞へのダメージを最小限にすることが非常に重要になります。

細胞を生きたまま凍らせる技術:凍結保護剤と制御された冷却

細胞をダメージから守って凍結保存するためには、特別な技術が使われます。その鍵となるのが、「凍結保護剤(とうけつほござい)」の使用と、「冷却スピードの制御」です。

凍結保護剤の働き

凍結保護剤は、細胞を凍らせる際に添加する特殊な物質です。この保護剤にはいくつかの種類がありますが、代表的なものにDMSO(ジメチルスルホキシド)などがあります。

凍結保護剤は、細胞内外の水の凍結する温度を下げたり、水分子が規則正しく並んで氷晶を作るのを邪魔したりする働きがあります。これにより、大きな氷晶ができるのを防ぎ、細胞が凍結によるダメージを受けにくくします。保護剤の種類や濃度は、保存したい細胞の種類によって最適なものが選ばれます。

冷却スピードの制御

細胞を冷却するスピードも非常に重要です。速すぎても遅すぎても細胞にダメージを与える可能性があります。一般的には、細胞の種類に応じて、ゆっくりと段階的に温度を下げていく「制御凍結」という方法が用いられます。

この制御凍結には、「プログラムフリーザー」という機器が使われます。プログラムフリーザーを使うと、あらかじめ設定した冷却カーブ(時間経過に対する温度変化)に従って、正確に温度を下げていくことができます。これにより、細胞内外の水分が適切なタイミングで凍結し、細胞が受ける物理的・化学的なストレスを最小限に抑えることができます。

超低温での保管と融解

制御凍結によって細胞が凍結された後は、通常、マイナス150℃以下の超低温で保管されます。最も一般的なのは、マイナス196℃の液体窒素(えきたいちっそ)タンクの中での保管です。この超低温下では、細胞の代謝活動や化学反応がほぼ完全に停止するため、細胞は非常に安定した状態で、理論的には長い期間保管することが可能です。

そして、実際に細胞を使う際には、「融解(ゆうかい)」というプロセスを経て、細胞を再び生きた状態に戻します。融解は、細胞を急速に温めることで行われることが多いです。これは、凍結時とは逆に、ゆっくり温めると氷晶が大きくなってしまう「再結晶化」という現象が起こりやすいためです。迅速に融解することで、この再結晶化によるダメージを防ぎます。融解後、細胞は培養液に戻され、凍結保護剤を取り除く洗浄などの処理が行われてから、実際の治療や実験に使用されます。

凍結保存技術の重要性と今後の展望

細胞の凍結保存技術は、再生医療の実用化や普及にとって欠かせない基盤技術です。この技術があるからこそ、品質が保証された細胞を必要に応じて供給したり、高度な細胞加工を集中して行ったり、細胞バンクを構築したりすることが可能になっています。

もちろん、凍結・融解のプロセスは細胞にとって少なからずストレスとなります。細胞の種類によっては、凍結保存が難しい場合もあります。そのため、より多くの種類の細胞を、より高い生存率と機能保持率で凍結保存できるような、新しい凍結保護剤や、より効率的でダメージの少ない冷却・融解技術の研究開発が現在も進められています。

再生医療がさらに発展し、より多くの人々に届けられるようになるためには、このような細胞を扱うための基盤技術の進歩も非常に重要なのです。

まとめ

この記事では、再生医療における細胞凍結保存の必要性、細胞が凍結でダメージを受けるメカニズム、そしてそれを防ぐための凍結保護剤や冷却スピード制御といった技術について解説しました。

再生医療は、最先端の細胞技術だけでなく、それを支える様々な技術によって成り立っています。細胞凍結保存も、その一つとして非常に重要な役割を果たしているのです。