わかる!再生医療入門

再生医療で移植した細胞は傷ついた場所へどう行く? ホーミングの基本

Tags: 再生医療, 細胞移植, ホーミング, 細胞移動, ケモカイン

再生医療の細胞は「目的地」を知っている?

再生医療では、病気や怪我で傷ついた組織や臓器を修復するために、培養して増やしたり、特殊な加工をしたりした細胞を体内に戻す(移植する)ことがあります。点滴のように血管に入れたり、直接目的の場所に注射したりと、様々な方法があります。

ここで一つの疑問が生まれるかもしれません。血管に入れた細胞や、少し離れた場所に注射した細胞は、どうやって目的の場所、つまり傷ついた組織や炎症が起きている場所へとたどり着くのでしょうか?私たちの体は広大ですから、迷子になってしまわないか心配になりますね。

実は、移植された細胞には、まるで生まれ育った家を目指すように、特定の場所へと向かう性質があることが知られています。これを「ホーミング(Homing)」と呼びます。この記事では、このホーミングという細胞の不思議な能力について、その基本的な仕組みを分かりやすくご紹介します。

細胞のホーミングとは?

ホーミング(Homing)とは、もともと動物が自分の巣や生まれた場所に戻る性質を指す言葉です。伝書鳩が遠くから巣に戻ってきたり、鮭が生まれた川に戻ってきたりする行動などがホーミングと呼ばれます。

再生医療の分野で使われる「細胞のホーミング」とは、体内に投与された細胞が、血液の流れに乗ったり、組織の中を移動したりしながら、特定の臓器や組織、特に炎症や損傷が起きている場所へと向かう性質のことを言います。

なぜ細胞のホーミングが重要なのでしょうか?

再生医療の目的は、傷ついた組織や臓器を修復し、その機能を回復させることです。そのためには、移植した細胞がまさに修復が必要な場所にたどり着き、そこで働き始めることが非常に重要になります。

もし細胞が目的地にたどり着けず、体のあちこちに散らばってしまったり、関係のない場所にとどまってしまったりしたら、期待する治療効果を得ることが難しくなります。細胞のホーミング能力は、再生医療の効果を左右する鍵の一つなのです。

細胞はどのようにして「目的地」を知る?

では、細胞はどのようにして、体のどこに傷があるのか、どこへ行けば良いのかを知るのでしょうか。これは、細胞が体内の様々な「メッセージ」を受け取る能力を持っているからです。

主な仕組みは、傷ついた組織や炎症が起きている場所から放出される特定の化学物質や、血管や細胞の表面にある「目印」のようなものとの相互作用によります。

  1. 化学物質による誘引(ケモカインなど):

    • 傷ついた組織や炎症部位からは、「ここが傷ついていますよ」「助けが必要です」といったメッセージとして、特定の化学物質がたくさん放出されます。代表的なものに「ケモカイン(Chemokine)」と呼ばれる小さなタンパク質があります。
    • 移植された細胞の中には、これらのケモカインを受け取るための「アンテナ」のようなものを持っています。これを「受容体(Receptor)」と呼びます。
    • 細胞は、このアンテナでケモカインの濃度が高い方へと引き寄せられるように移動します。まるで、美味しそうな匂いをたどってレストランに向かうようなイメージです。
  2. 接着分子による「手」:

    • 細胞が血管の中を流れて目的地の近くまで来ると、今度は血管の内側の壁にある特定の「接着分子(Adhesion Molecule)」に、細胞の表面にある別の接着分子がくっつきます。
    • これは、流れている細胞が血管の壁に一時的に「手」を伸ばして捕まるようなものです。これにより、細胞は勢いを弱めて血管の壁に沿って転がるように移動したり、最終的にしっかりとくっついたりすることができます。
  3. 血管の外への移動(血管外遊走):

    • 血管の壁にしっかりとくっついた細胞は、さらに血管の内側の細胞の間をすり抜け、血管の外側にある傷ついた組織へと移動します。この血管の外への移動プロセスを「血管外遊走(Extravasation)」と呼びます。

これらの複雑なステップを経て、移植された細胞は血液の流れから離れ、傷ついた組織の中へと入り込んでいくのです。

ホーミング能力は細胞によって違う

全ての細胞が同じように高いホーミング能力を持っているわけではありません。細胞の種類(例えば、間葉系幹細胞や造血幹細胞など)や、細胞が採取された元の場所、さらには細胞を培養する際の条件などによって、ホーミング能力は異なります。

より効果的な再生医療を実現するためには、高いホーミング能力を持つ細胞を選んだり、あるいは細胞にあらかじめ特殊な処理を施してホーミング能力を高めたりする研究も進められています。

まとめ

再生医療で体内に戻される細胞が、病気や怪我で傷ついた場所へ正確にたどり着く能力は、「ホーミング」と呼ばれます。これは、傷ついた組織から放出される化学物質を細胞が感知したり、血管の壁にある目印に細胞が接着したりするといった、体内の様々なメッセージと細胞自身の性質が組み合わさることで起こる複雑なプロセスです。

細胞のホーミング能力は、再生医療の効果を最大限に引き出すために非常に重要であり、このホーミングの仕組みを詳しく理解し、制御するための研究は、再生医療のさらなる発展に不可欠と言えるでしょう。

今回の記事では、細胞のホーミングの基本的な考え方をご紹介しました。再生医療では、今回ご紹介したホーミング以外にも、細胞がどのように増えるのか、どうやって様々な種類の細胞に変化するのか、そして体の中でどのように機能するのかなど、様々な側面があります。これからも再生医療の様々なトピックについて、分かりやすく解説していきますので、ぜひ他の記事もご覧になってみてください。