再生医療における細胞の「足場」とは? スキャフォールドの役割と種類
再生医療では、失われた臓器や組織の機能を取り戻すために、細胞を移植したり、体の中で新しい組織を作り出したりします。このとき、細胞がきちんと生着し、成長し、特定の形になるためには、細胞にとっての「足場」が非常に重要になります。今回は、この再生医療における「足場」、専門用語で「スキャフォールド」と呼ばれるものについて解説します。
なぜ細胞に「足場」が必要なのでしょうか?
私たちの体の中には、さまざまな種類の細胞があります。これらの細胞は、ただバラバラに存在しているわけではありません。骨の細胞は骨の形を作るために集まっていますし、筋肉の細胞は筋肉として機能するために特定の構造を持っています。
細胞がこのように集まって組織や臓器を形成する際には、細胞同士がくっついたり、細胞が周りの環境(細胞外マトリックスと呼ばれます)と相互作用したりすることが不可欠です。体の中では、この細胞外マトリックスが細胞の「足場」として機能しています。
しかし、再生医療で細胞を体外で培養したり、傷ついた場所に移植したりする場合、体の中にあるような自然な足場が十分にありません。そのままでは細胞がばらばらのままだったり、うまく成長できなかったりすることがあります。そこで、人工的に細胞のための足場を用意する必要が出てくるのです。これが「スキャフォールド」の役割です。
スキャフォールドとは? その基本的な役割
スキャフォールド(scaffold)は、「足場」や「骨組み」という意味を持つ言葉です。再生医療の分野では、細胞が定着し、増殖し、組織や臓器の形を作るための三次元的な構造体を指します。
スキャフォールドには、主に以下のような役割があります。
- 細胞の定着と増殖を助ける: 移植した細胞や培養した細胞が、その場にとどまり、しっかりと増えやすい環境を提供します。
- 細胞の分化や機能を誘導する: スキャフォールドの構造や表面の性質によって、細胞が目的の種類の細胞(例えば、骨細胞や軟骨細胞など)に分化したり、本来の機能を発揮したりするのを助けます。
- 組織の形を維持する: 細胞が集まって組織や臓器が形成される際に、その立体的な構造を保つためのフレームワークとなります。
- 栄養や酸素の供給、老廃物の排出を可能にする: 細胞が生きていくために必要な物質がスキャフォールド内を通り抜けられるような構造になっている必要があります。
- 新しい血管の形成を促す(血管新生): 組織が大きくなるためには血管からの栄養供給が必要ですが、スキャフォールドが血管の入り込みやすい構造を提供することがあります。
スキャフォールドは、細胞がまるで設計図に従って建物を作るかのように、組織を組み立てていくための重要な基盤となるのです。
スキャフォールドに求められる性質
細胞の足場として機能するためには、スキャフォールドはいくつかの重要な性質を持っている必要があります。
- 生体適合性: 体の中に入れたときに、炎症を起こしたり、毒性を示したりせず、周囲の組織と馴染む必要があります。
- 生分解性: 再生された組織が成熟するにつれて、役目を終えたスキャフォールドは体内で分解・吸収されることが望ましい場合が多いです。分解されるスピードが、新しい組織ができるスピードとバランスが取れていることも重要です。
- 多孔性: スキャフォールドの内部には、細胞が入り込める隙間がたくさんあること(多孔質であること)が重要です。また、その隙間(孔)の大きさや繋がり方も、細胞の成長や、栄養・酸素の流通に影響します。
- 適切な機械的強度: 移植する場所や目的とする組織によっては、ある程度の強度が必要です。例えば、骨の再生に使うスキャフォールドは体重を支えられるような強度が必要になる場合があります。
- 製造のしやすさ: 複雑な形状や、細かく制御された構造を持つスキャフォールドを効率的に製造できる技術が必要です。
これらの性質を、再生したい組織の種類や目的に合わせて調整することが、効果的なスキャフォールド開発の鍵となります。
スキャフォールドの主な種類
スキャフォールドを作るための材料は、研究開発が進むにつれて多様化しています。主な材料の種類をいくつかご紹介します。
- 天然由来材料:
- コラーゲン、フィブリンなど: 体の中にもともと存在するタンパク質です。生体適合性が高く、細胞とのなじみが良いという特徴があります。
- キトサン、アルギン酸など: カニの殻や海藻などに含まれる多糖類です。比較的安価で加工しやすいという利点があります。
- 合成高分子材料:
- PLA (ポリ乳酸), PGA (ポリグリコール酸), PLGA (乳酸-グリコール酸共重合体) など: 体内で安全に分解される性質を持つプラスチックです。機械的強度や分解速度を比較的自由に設計できるという特徴があります。
- PCL (ポリカプロラクトン) など: ゆっくりと分解される性質を持ちます。
- 無機材料:
- リン酸カルシウム系セラミックス (ハイドロキシアパタイトなど): 骨や歯の主成分に似た構造を持ちます。骨の再生医療で足場として使われることがあります。機械的強度が高いという特徴があります。
これらの材料を単独で使うだけでなく、複数の材料を組み合わせたり、ナノテクノロジーを利用して材料の表面を改変したりすることで、より細胞にとって都合の良い環境を作り出す研究も盛んに行われています。
まとめ
再生医療において、細胞が力を発揮し、新しい組織や臓器を作り出すためには、その活動を支える「足場」、すなわちスキャフォールドが不可欠です。スキャフォールドは、細胞の定着、増殖、分化、そして組織の立体構造の維持など、多岐にわたる重要な役割を担っています。
生体適合性や分解性、多孔性など、様々な性質が求められるスキャフォールドは、天然材料や合成材料など、様々な素材から作られています。再生したい組織の種類や目的によって、最適な材料や構造を持つスキャフォールドが選ばれたり、新たに開発されたりしています。
スキャフォールドの研究開発は、再生医療の実現を大きく前進させるための重要な分野の一つです。これからも、より生体内の環境に近い、高性能なスキャフォールドの開発が進むことが期待されています。